Sunday, July 20, 2008, 08:11 PM - 日記
2枚の写真はケラ(姫神砂鉄)のノロ抜き作業をしているものです。
ノロが溶けてくると激しく火花が飛び散ります。
その後、鍛冶屋で延鉄にしてペーパーナイフや釘などの製品になります。
又は、鋳物銑として使えるよう加炭していきます。
加炭作業に坩堝を使用してやっておりますがなかなか大変です。
坩堝の場合溶けた鉄の表面を空気と触れないよう注意が必要です。
空気と触れていると溶鉄中の炭素を取り込んでしまうと聞きました。
加炭作業でも空気と触れない内側では加炭が進み触れてる部分は全く入らない。
先日、砂鉄風鈴の溶解作業をした際に湯がモタモタして流れませんでした。
やはり、大変難しいです。
次回の加炭作業はミニ甑でやってみます。
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Sunday, July 20, 2008, 08:07 PM - 鉄瓶コラム
青森県と岩手県の県境に青森県南郷村島守(八戸市)があります。
教育委員会発刊「郷土史語り草」工藤文夫著を紹介します。
「長瀬の長瀬家を長瀬芳栄氏が語る。」の一部分だけを取り上げます。
・長瀬家では岩石の間に砂鉄の層を発見、その鉄で農具や鍋釜を作り、近郷近在の
村々に供給したところ、製品は山内(岩手県)の物より質が良いと大変な評判だった
またそればかりでなく、銅の鉱脈も発見したので新たに銅鍋、銅釜を作り、長瀬鍋
長瀬釜として売り出した。また関東(昔からの屋号)の銘柄で売り捌いたところ、そ
の製品の良さに客が絶えなかったという。
また長瀬家では、農具や鍋釜ばかりでなく刀鍛冶も営み、八戸の殿様の佩刀ともな
った。南郷村史に「島守住与右衛門作」と記載されているのが長瀬家にあり、長瀬家
は代々与右衛門を襲名していた。・
長瀬家の敷地の配管工事をした際に鋳型類の出土があったそうです。
写真の環付の拓本の中に長瀬鍋のものがあるのでしょうか。
Sunday, July 20, 2008, 08:01 PM - 日記
種に抜き土をかぶせて鋳型をとります。
鉄瓶本体と蓋の鋳型も引いていきます。
口の鋳型を焼いて(肌を打って)本体に埋め込みます。
本体に肌を打ち家紋をアザフに写しとり押していきます。
Sunday, July 13, 2008, 04:47 PM - 日記
よくお客さんから鉄瓶は何日でできますかと聞かれます。
今回は家紋入り鉄瓶をつくりながら製作工程と時間の流れを紹介していきます。
このような希望鉄瓶の下書きから始まりました。
下書きをもとに図面を作製します。
平面を立体にすると縦長に見えますので注意が必要です。
形が良いと縦と横の寸法が同じで(胴返し)つくられているものも多いです。
この場合は丸く見えるよう胴を少し膨らませています。
図面が出来上がると木型と種づくりとなります。
木型は昔は木で出来ていましたが今は鉄板になっています。
種は以前は土と粘土を合わせたもので今は石膏(硬質)でつくります。
図面から2週間が経ちました。
Sunday, July 13, 2008, 04:42 PM - 日記
先週加炭作業した残りのケラも加炭してみます。
鋳型の脱気(焼き)取り作業をしながらやってみました。
長時間やっていたわりに思った程加炭できていませんでした。
原因は温度が低かったかもしれません。
火花試験で炭素を確認すると短く加炭されていました。
今回も翔君に頼んで環(譜代+愛媛)を記念に作りました。
ケラを割るために沸かしたのでノロが少なく叩きやすかったそうです。
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